東京地方裁判所 平成9年(ワ)18813号 判決 1998年5月28日
原告
日髙健二
右訴訟代理人弁護士
小宮清
同
今泉良隆
被告
粟野森林開発株式会社
右代表者代表取締役
村樫信行
右訴訟代理人弁護士
成毛由和
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 事案の概要
本件は、被告の経営するゴルフクラブのゴルフ会員権者である原告が、ゴルフクラブの会則による預託金の返還据置期間が経過したとして、被告に対し、預託金の返還を求めた事案である。
被告は、抗弁で、会則の条項に基づき、バブル経済崩壊後のやむを得ない経済的事由により、理事会の承認を得て、預託金の返還据置期間を延長した等と主張して、その返還を拒んでいる。
主たる争点は、被告による預託金の返還据置期間の延長決議が、原告に対し効力を有するかどうかである。
第二 原告の請求
被告は、原告に対し、二二〇〇万円及びこれに対する平成九年九月一一日より支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第三 当事者の主張
一 当事者間に争いがない請求の原因
1 被告は、ゴルフ場「永野ゴルフ倶楽部」(以下、「本件倶楽部」という。)を経営する会社である。
2 原告は、被告との間で、平成二年八月三一日、本件倶楽部につき、預託金二二〇〇万円、右預託金の返還は本件倶楽部オープン後五年間据置く等の約定で入会契約を締結し、同日、被告に対し、預託金として二二〇〇万円を預託した。
3 本件倶楽部は平成四年一〇月二七日オープンした。
4 したがって、原告の被告に対する本件預託金返還請求権の履行期は平成九年一〇月二八日である。
5 よって、原告は被告に対し、約定に基づき預託金二二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年九月一一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告の抗弁
1 原告が本件倶楽部に入会した平成二年当時、本件倶楽部の会則(以下「旧会則」という。)九条によれば預託金の「据置期間は、天災地変その他止むを得ない事態が発生した場合は、理事会の承認を得てこれを延長することができる。」旨規定されていた。
2 平成三年一〇月二日に改正された本件倶楽部の会則(以下「新会則」という。)一四条は、「預託金は将来経済状態が変動し、会社がゴルフ場の施設・組織・機構の管理運営のために必要と認めたときはその金額・預託方法を変更することができる」旨規定している。
右改正は、本件倶楽部の理事会に提示されて承認され、かつ、被告の取締役会で決議されたものである。
3 被告は、バブル経済崩壊という経済状態の変動を受けて、平成九年八月一六日、取締役会を開催し、本件預託金の返還期限を新証券発行の日から満一〇年経過したときまで延期する旨の決議をした。
次いで、同年九月一〇日、本件倶楽部理事会は、本件預託金の返還期限を新証券発行の日から満一〇年を経過したときまで延期する旨の決議を承諾した。
4 右決議の旧会則九条、新会則一四条に適合の要件は次のとおりである。
(一) 被告が会員から預かった預託金の合計額は約一一一億円である。被告は預託金の大部分をゴルフ場建設等に使用した。建物に約三六億円、コース勘定に約六五億円と合計約一〇一億円を使用し、それ以外開業費に約一二億円を使用した。したがって、平成八年七月末の時点では現金は僅か一億円余あるのみである。
(二) 被告が会員から預かった預託金の返還期限は平成九年一〇月二八日に到来する。僅か一億円余の現金で、一一一億七七万円の預託金の返還をまかなうことは不可能である。
また、バブル景気がはじけて銀行借入もできない。
被告が原告ら会員の預託金の返還に応じていれば、被告は倒産する以外にない。
(三) この事態に対応するため、被告は、平成九年八月一六日、預託金の返還時期を約定の期日から延期することに決め、取締役会を開催し、据置期間を新証券発行の日から一〇年間据置にすることとした。同時に、被告は、会員権を分割し、会員がその一部でプレーするとともに、他の一部を処分し、現金化できるようにもした。
そして、被告は九一七名の会員を個別訪問して説得し、右案につき同月二八日までに四七二名(全体の51.6パーセント)の同意を得た。
これを受けて、本件倶楽部理事会は同年九月一〇日被告の決議を承諾した。
(四) ゴルフ場の預託金は、会員権と結びついてプレーすることが本来の目的である。
ゴルフ会員権契約は継続的契約である。本件では、預託金の返還据置期間は五年と定められたが、それは便宜的な期間に過ぎず、多くの会員は返還当初から五年後に脱会して預託金の返済を受けることを予定していない。
したがって、ゴルフ場の存続、プレー権の存続のため、預託金の返還据置期間を延長することは、被告にとっては多くの会員のための信義則上の義務でもある。
バブル経済が崩壊し、ゴルフ会員権の相場は急激に下落した。本件倶楽部の会員権相場も同様である。このような事態はバブルの崩壊によるものであって、被告の責に帰すべき事由によるものではない。
それにもかかわらず、原告が平成九年一〇月二八日期限の預託金の返還を請求するのは、被告の倒産、会員のプレー権の崩壊をまねくことになり、信義衡平に反するものである。
(五) 本件預託金の返還期限の延長は、旧会則九条の「預託金の据置期間は、天災地変その他止むを得ない事態が発生した場合は、理事会の承認を得てこれを延長する」という要件に合致しており、また、新会則一四条の「預託金は将来経済状態が変動し、会社がゴルフ場の施設・組織・機構の管理運営のために必要と認めたときはその金額・預託方法を変更することができる」の要件にも合致している。
(六) 以上のとおりであり、本件預託金の返還期限は未だ到来していないから、原告の本訴請求は理由がない。
第四 当裁判所の判断
一 請求の原因事実は当事者間に争いがない。
二 被告の抗弁につき判断する。
1 乙二ないし五、証人柳田弘行及び弁論の全趣旨によれば、抗弁1ないし3項記載の事実が認められる。
2 抗弁4項について判断する。
(一) 乙一、一一、証人柳田弘行及び弁論の全趣旨によれば、抗弁4項(一)、(二)記載の事実が認められる。
(二) 甲一、乙四、五、一一、証人柳田弘行及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
原告が本件倶楽部の会員となった平成二年八月当時は、会員がゴルフ場オープンの五年後に約定どおり預託金の返還を請求することは予期されていなかった。預託金額を上回る額で会員権の取引がされることが当然視されていたからである。
本件倶楽部の会員が約定どおり預託金の返還を求めることが予想されるようになったのは、その後のバブル経済の崩壊により、本件会員権の価格相場が三〇〇万円程度に低下し、預託金額を大幅に下回るようになったためである。
右のようなバブル経済の崩壊は、原被告にとって、予見外のことであった。被告は、預託金の大部分をゴルフ場建設等に使用しており、手元に現金として保有しているのはそのうちの一パーセント程度であるから、被告が原告ら会員からの預託金の返還に応じていれば、被告は早晩倒産する以外にないことが見込まれた。
そこで、被告は、平成八年九月、平成九年一〇月の預託金の返還時期を見据えて、ゴルフ場の健全経営のための改善策として、会員権を四口に分割し、会員がその一部の会員権でプレーをすることができ、他の一部の会員権についてはこれを処分し現金化できるようにするとともに、預託金の返還据置期間を、新証券発行日より一〇年とする案を立て、九一七名の会員にその案文を送付し、かつ個別訪問して同意を求めた。被告は、平成九年八月一六日までに会員のうち四七二名(全体の51.6パーセント)の同意を得た。
被告は、会員の過半数の同意が得られたため、平成九年八月一六日、取締役会を開催し、右改善案のとおり、会員権を四口に分割するとともに、預託金の返還時期を新証券発行の日から一〇年間据置にすることを決議した。
これを受けて、本件倶楽部理事会は、同年九月一〇日、被告の右決議を承諾した。
右のとおり認められる。
(三) 右認定の事実によれば、被告による本件預託金の返還期間の延長は、バブル経済の崩壊という、一般人の予見外の、かつ被告の責めに帰すべきでない未曾有の経済の混迷の中において、本件倶楽部の経営を継続し、会員のプレー権を保護・存続させるためにやむを得ず採られた措置というべきであり、本件倶楽部の旧会則九条の「預託金の据置期間は、天災地変その他止むを得ない事態が発生した場合は、理事会の承認を得てこれを延長する」という要件に合致しているというべきである。
それはまた同時に、「預託金は将来経済状態が変動し、会社がゴルフ場の施設・組織・機構の管理運営のために必要と認めたときはその金額・預託方法を変更することができる」との新会則一四条の要件にも合致しているというべきである。
(四) 旧会則九条、新会則一四条は、いずれも預託金の返還期限を延長することができる場合の理由を明示しており、本件預託金の返還期限の延長はその理由に合致していることは右に認定・判断したとおりである。
そして、被告が、預託金の返還期限の延長にあたって、あらかじめ全会員にその趣旨を説明して同意を求め、過半数の同意を得たことも右認定のとおりである。そうすると、本件預託金の返還期限の延長は、手続的にも会員の意向を汲み上げたものということができる。
以上を総合すれば、被告の本件預託金の返還期限の延長は本件倶楽部の会則に基づく有効なものというべきであり、本件倶楽部の会員で、会則に基づく預託金の据置期間の変更のあることをあらかじめ承認していたと認められる原告に対しその効力を有するものといわなければならない。
(五) 以上によれば、被告の本件預託金の返還期限未到来の抗弁は理由がある。
三 原告が、本訴において、被告の本件預託金の返還期限の延長の抗弁に基づく請求をしていないことは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。
そうすると、原告の本訴請求は理由がないことになる。
よって、これを棄却することとし主文のとおり判決する。
(裁判官坂本慶一)